【1日目】棘上筋とローテーターカフの役割
こんにちは!
臨床現場で、肩の痛みを抱える患者様を担当することは非常に多いですよね。肩関節は複雑な動きをするため、「一体、どの筋肉が原因なんだろう?」「どう評価して、どうアプローチすればいいんだろう?」と悩むことも少なくないと思います。特に、棘上筋は肩の機能において非常に重要な役割を担っており、様々な病態に関わるため、避けては通れない筋肉です。
このブログシリーズ「棘上筋マスターコース」では、皆さんが棘上筋について体系的に、そして効率的に学べるよう、1日ごとにテーマを絞って解説していきます。棘上筋に関する解剖、評価、リハビリテーションの知識を深め、明日からの臨床に自信を持って取り組めるようになることを目指しましょう!
初日のテーマは、「棘上筋の基礎とローテーターカフの役割」です。まずは、棘上筋がどのような筋肉で、肩関節の機能においてどんな基本的な役割を果たしているのかを理解しましょう。
棘上筋ってどんな筋肉?
棘上筋は、肩甲骨の棘上窩というくぼんだ部分に起始を持つ筋肉です。ここから走行し、肩峰の下をくぐり抜け、上腕骨の大結節、特にそのsuperior facetの前方に停止します。一部は小結節に停止することもあります。(報告では約20%に存在)
この「肩峰の下をくぐる」という解剖学的な位置関係が、後のインピンジメントなどの病態と深く関わってきます。肩峰と棘上筋腱の間には、肩峰下滑液包という滑らかな袋があり、腱の動きをスムーズにしています。
ローテーターカフの一員として
棘上筋は、ローテーターカフと呼ばれる肩の深層筋群の一つです。ローテーターカフは、以下の4つの筋肉で構成されています。
- 棘上筋 (Supraspinatus)
- 棘下筋 (Infraspinatus)
- 小円筋 (Teres Minor)
- 肩甲下筋 (Subscapularis)
これらの筋肉は、それぞれが肩甲骨や鎖骨から上腕骨に付着しており、肩関節(肩甲上腕関節)の周りを回るように位置しています。
ローテーターカフの主要な役割:安定化と運動
ローテーターカフの最も重要な役割は、肩関節の動的な安定化です。肩関節は、ソケット(肩甲骨の関節窩)に対してボール(上腕骨頭)が大きい構造になっており、非常に可動域が広い反面、不安定になりやすい関節です。ローテーターカフは、この不安定な関節において、上腕骨頭を関節窩の中央に引きつけるように働くことで、肩の安定性を保っています(求心位保持機能)。
また、ローテーターカフは肩の様々な運動にも関与します。棘下筋や肩甲下筋は、安定化に加えて腕を挙上する作用も持っていることが示唆されています。
棘上筋の具体的な働き:外転の開始と安定化
では、ローテーターカフの中でも棘上筋はどのような働きをするのでしょうか?
伝統的に、棘上筋は肩関節外転の開始に関与すると考えられてきました。腕を横に挙げる(外転する)動作の最初の角度(例えば0度から30度程度)で主に働くと言われています(ただし、三角筋など他の筋も同時に活動しています)。
さらに、棘上筋はローテーターカフの他の筋と同様に、肩甲上腕関節の安定化にも重要な役割を果たしています。特に、腕を挙上する際に、上腕骨頭が上方に偏位するのを防ぐ働きをします。これは、棘上筋が収縮することで、上腕骨頭を関節窩に引きつけるように働くためです。
しかし、最近の研究では、肩関節のinferior translation(下方移動)に対する各筋の安定化能力(制御機構)において、三角筋、特に中部・後部が最も能力が高く、棘上筋は従来考えられていたよりも効果が低い可能性が示唆されています。(つまり、三角筋には骨頭上方変位作用がある)このように、棘上筋の機能や他の筋との連携については、現在も様々な研究が行われています。
棘上筋や棘下筋の機能を評価するために、肩甲上腕神経ブロックを用いてこれらの筋の働きを一時的に停止させる研究が行われています。このような研究から、棘上筋や棘下筋は直接肩甲骨の動きを制御しないものの、肩甲骨の運動に補償的な変化をもたらす可能性が示唆されています。また、ローテーターカフ断裂患者では、健常者と比較して肩甲骨の上方回旋が大きいことが報告されており、棘上筋を含むローテーターカフの機能不全が、肩甲骨を含む肩全体の運動パターンに影響を与える可能性が考えられます。
なぜ棘上筋の基礎が臨床で重要なのか?
棘上筋の基本的な解剖や機能を知ることは、その後の臨床推論の土台となります。
- 患者様の痛みの部位(例: 肩峰下あたり)や痛みが誘発される動作(例: 挙上動作)から、棘上筋や周囲組織の病変を推測する。
- 肩の動きを見たときに、棘上筋の機能障害がどのように影響しているかを考える(例: 外転開始時の不安定性や疼痛)。
- 徒手検査や触診を行う際に、正確な解剖学的知識に基づいていることで、より適切な評価ができる。
- リハビリテーションプログラムを計画する際に、棘上筋の機能回復がなぜ必要か、どのような運動が効果的かという根拠を持つことができる。
例えば、棘上筋の機能不全があると、肩関節の動的安定性が損なわれ、肩峰下インピンジメントなどの問題を引き起こしやすくなります。また、腱板断裂などにより棘上筋の機能が著しく低下すると、筋線維長が短縮したり、羽状角が増加したりといった構造的な変化も生じうる(ソース外の情報ですが、臨床的に重要な視点です)。これらの変化は、リハビリテーションの難易度や予後に影響を与える可能性があります。
まずは、この「肩の要」である棘上筋の基本的な姿と働きをイメージできるようになりましょう。
1日目のまとめ
本日は、棘上筋がローテーターカフの一員として、肩関節の安定化と外転の開始に重要な役割を担っていることを学びました。その解剖学的な位置や機能の理解は、今後の評価や治療を考える上での出発点となります。
明日、2日目は「棘上筋の起始・停止と周囲構造」について、さらに詳しく掘り下げます。棘上筋が上腕骨のどこに付くのか、周囲の組織(肩峰下滑液包や靭帯など)とどのような関係があるのかを知ることで、肩の痛みの原因やメカニズムがより明確に見えてきますよ。
お楽しみに!
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