【3日目】痛みの秘密:棘上筋の神経と血管を探る
こんにちは!
「棘上筋マスターへの15日間」、いよいよ3日目です。昨日は、棘上筋が上腕骨大結節に付着する正確な「足跡」(停止部)や 、その「天井」である烏口肩峰アーチとその周囲構造について詳しく見てきました。肩関節の機能や痛みを理解する上で、これらの解剖学的な位置関係は非常に重要でしたね。
さて、今日はさらに一歩踏み込み、棘上筋の機能と痛みに深く関わる「神経支配」と、その「血管供給」に焦点を当てていきます。筋肉がどのように動き、なぜ痛みが生じるのかを理解するためには、これらの知識が不可欠です。
棘上筋の神経支配:活動と痛み
筋肉は、神経からの電気信号を受け取ることで収縮し、機能を発揮します。棘上筋が肩関節の安定化や外転運動を開始するためにも、神経による指令は不可欠です。
棘上筋と棘下筋は、主に肩甲上神経によって支配されています。肩甲上神経は腕神経叢の上幹から分岐し、通常は第5頸神経(C5)と第6頸神経(C6)からの線維を含んでいます。場合によっては、第4頸神経(C4)からの寄与も見られます。
肩甲上神経は首の付け根から肩甲骨に向かって走行し、僧帽筋や肩甲舌骨筋といった筋肉の深部を通過します。そして、肩甲骨上縁にある肩甲切痕(suprascapular notch)を、その上を橋渡しする上肩甲横靭帯(superior transverse scapular ligament)の下を通り抜けます。肩甲上神経はこの肩甲切痕を通過後、棘上筋が存在する棘上筋窩に入り、棘上筋に運動を司る枝(運動枝)を送ります。さらに、肩甲上神経は棘上筋窩を後外側に進み、肩甲棘の基部と肩甲骨の関節突起間にある棘窩切痕(spinoglenoid notch)を通過して、棘下筋を支配します。
肩甲上神経は運動神経線維だけでなく、痛覚やその他の感覚を伝える感覚神経線維も含んでいます。この感覚枝は、肩甲上腕関節の関節包、肩鎖関節、そして肩峰下滑液包 に分布していることが示唆されています。
したがって、これらの肩関節周囲の構造物が炎症を起こしたり、機械的な圧迫を受けたり、損傷したりすると、感覚神経が刺激されて痛みとして感知されると考えられます。特に、肩甲上神経そのものが肩甲切痕や棘窩切痕などで圧迫や牽引を受ける絞扼性ニューロパチーは、肩の痛みの原因となることが知られており、棘上筋や棘下筋の筋力低下や萎縮を引き起こす可能性もあります。
肩関節の痛みの治療法の一つとして、肩甲上神経への神経ブロック(麻酔薬などを注射して神経の活動を一時的に抑える方法)が用いられることがあります。これは、肩甲上神経が肩関節周囲の痛みを伝える主要な神経であるため、その痛みの伝達を遮断することを目的としています。
棘上筋の血管供給:機能維持と回復
筋肉や腱といった組織は、その機能を正常に維持し、損傷からの回復を促すために血液供給が不可欠です。血液は酸素や栄養素を組織に運び、老廃物を取り除く役割を担っています。
肩甲骨周囲の主な血管の一つに、肩甲上動脈とそれに伴走する肩甲上静脈があります。これらの血管は、肩甲上神経と同じく肩甲切痕を通過します。ただし、肩甲上神経が必ず上肩甲横靭帯の下を通過するのに対し、血管(肩甲上動脈・静脈)は靭帯の上、下、あるいはその両方を通過するなど、走行に解剖学的な変異が見られます。肩甲切痕の形態や靭帯のサイズが、これらの血管の走行パターンに影響を与える可能性があることも示されています。
これらの血管(肩甲上動脈・静脈)は、肩甲骨や棘上筋、棘下筋といった周囲の筋肉に血液を供給しています 。
解剖学的構造と痛みの関係性
【2日目】で確認した棘上筋の解剖学が、今日のテーマである「痛み」にどう繋がるかを改めて考えてみましょう。
- 停止部(Footprint): 棘上筋腱が上腕骨大結節に付着する停止部 は、肩の運動時に大きな力が集中したり、周囲の骨構造(肩峰など)と繰り返し接触したりしやすい箇所です。この部位やその周囲の関節包、滑液包 には感覚神経が分布しているため、繰り返し加わる力学的ストレスや微細な損傷が、これらの神経を刺激し、痛みとして感じられる可能性が考えられます。
- 烏口肩峰アーチ下の通過: 棘上筋腱は、肩峰や烏口肩峰靭帯などで構成される烏口肩峰アーチの下の狭い空間を通過します。腕を挙上する際に、この空間で腱やその上にある肩峰下滑液包が繰り返し圧迫・摩擦されることが、肩峰下インピンジメントの主なメカニズムです。肩峰下滑液包は痛覚を感じる神経(肩甲上神経の枝など)に富んだ組織であり、この圧迫や摩擦によって滑液包に炎症が生じたり、腱に微細な損傷が生じたりすることで、神経が刺激され強い痛みが発生します。患側で滑液包が肥厚し、棘上筋を圧迫している様子が超音波画像で観察されるという【2日目】で触れた現象も、このメカニズムを裏付けています。
このように、棘上筋の起始・停止や、周囲の「天井」との位置関係といった解剖学的な知識 は、なぜその部位に痛みが生じやすいのか、痛みがどのような動きで誘発されるのか を理解する上で不可欠であり、今日のテーマである神経支配や血管供給の働きと密接に関連しています。痛みの原因となる構造物(腱、滑液包、関節包など)に分布する神経線維が刺激されることで痛みが発生し、組織の修復には血管供給が重要な役割を果たします。
まとめ
今回は、棘上筋の機能と痛みに深く関わる神経支配と血管供給について見てきました。
- 棘上筋は主に肩甲上神経によって支配されており、この神経は運動だけでなく肩関節周囲の感覚(痛みを含む)も伝えていると考えられます。
- 肩甲上神経の走行経路(肩甲切痕の下を通過するなど)とその絞扼は、肩の痛みの原因となる可能性があります。
- 肩甲上動脈・静脈が肩甲骨周囲に血液を供給しており、筋肉や腱の機能維持・修復に重要です。
- 【2日目】で学んだ棘上筋の解剖(停止部、烏口肩峰アーチ下の走行)は、痛みの発生メカニズムを理解する上で、神経や血管の働きと合わせて考えるべき重要な要素です。
病態を正確に把握し、効果的なリハビリテーションや徒手療法 を行うためには、解剖学、神経学、そして組織の生物学的特性(血管供給を含む)といった知識を統合して考える必要があります。
明日も引き続き、棘上筋と肩関節について学びを深めていきましょう!
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