【2日目】棘上筋の「足跡」と「天井」を徹底解剖!臨床で役立つ解剖学

 

棘上筋の「足跡」と「天井」を徹底解剖!臨床で役立つ解剖学

こんにちは!

2日目です。昨日は、棘上筋がローテーターカフの一員として、肩関節の安定化と外転の開始に重要な役割を担っていることを学びました。肩の痛みを理解し、リハビリテーションを効果的に行うためには、まず「棘上筋がどこから始まってどこに付くのか」、そして「その周囲にはどんな構造物があり、どのような関係性があるのか」という解剖学的な基礎知識が不可欠です。

今日のテーマは、「棘上筋の起始・停止と周囲構造」です。棘上筋の正確な「足跡」である停止部、そしてその「天井」となる烏口肩峰アーチと、関連する周囲構造について深く掘り下げていきましょう。この知識は、患者様の痛みの原因を特定したり、評価・治療の根拠を構築したりする上で、必ず皆さんの力になります!

棘上筋の正確な「足跡」:起始と停止の詳細

まずは、棘上筋の「始まり」と「終わり」を確認しましょう。

棘上筋は、肩甲骨の背面にある、棘上窩(きょくじょうか)と呼ばれる窪んだ部分から広範囲に起始します。ここから上腕骨に向かって走行し、腱となって上腕骨の大結節(だかけっせつ)と呼ばれる突出した部分に停止します。

この上腕骨大結節への停止部、特に腱が骨に付着する領域は、その形が足跡に似ていることから「フットプリント(footprint)」と呼ばれています。従来の解剖学の教科書では、棘上筋腱は主に大結節のsuperior facetに停止すると記載されていることが多いです。しかし、近年の解剖学的研究では、その停止部についてより詳細な知見が得られています。

例えば、ある研究では、棘上筋腱の停止部は大結節のsuperior facetの前内側に位置し、棘下筋腱は大結節のmiddle facet(中間)に付着しつつ、その外側縁がsuperior facetまで及んでいることが報告されています。また、別の研究では、棘上筋腱の停止部は大結節のsuperior facetの前方に位置し、その大きさは前後方向が平均1.63 cm、内側-外側方向が平均1.27 cmであったと報告されています。棘下筋腱の停止部は、棘上筋腱よりもやや大きく、前後に平均1.64 cm、内側-外側方向に平均1.34 cmでした。

棘上筋腱は、主として上腕骨大結節のsuperior facetの前方に停止しますが、一部は小結節に停止することもあるという報告もあります。
(103肩中22肩:21.3%(前田ら.,2007))

このように、棘上筋腱の停止部(フットプリント)は、単に「大結節の上」というだけでなく、その precise な位置や範囲、そして隣接する棘下筋腱との関係性を理解することが重要です。腱板断裂は、このフットプリント部で発生することが多いため、断裂の大きさや形態を評価する上で、正確な停止部の知識が不可欠となります。また、リハビリテーションにおいて、断裂した腱の修復を考慮した運動療法を行う際にも、このフットプリントの解剖学的情報は非常に役立ちます。

「天井」との狭い関係:烏口肩峰アーチと肩峰下滑液包

棘上筋腱が上腕骨に付着するためには、肩の複雑な構造の中を走行する必要があります。その際に「天井」となるのが、烏口肩峰アーチと呼ばれる構造物です。

烏口肩峰アーチは、以下の3つの構造物によって構成されています。

  1. 肩峰(けんぽう):肩甲骨の一部で、肩の最も突出している部分です。
  2. 烏口肩峰靭帯(うこうけんぽうじんたい):肩甲骨の烏口突起と肩峰の間を結ぶ強固な靭帯です。
  3. 烏口突起(うこうとっき):肩甲骨の一部で、肩の前面にある突出部です。

棘上筋腱は、この烏口肩峰アーチと上腕骨頭の間にある非常に狭い空間を走行しています。この狭い空間をスムーズに腱が滑走できるように存在するのが、肩峰下滑液包(けんぽうかかつえきほう)です。肩峰下滑液包は、烏口肩峰アーチと棘上筋腱や他の腱板腱との間に位置しており、摩擦を軽減し、腱の動きを滑らかにするクッションのような役割をしています。

臨床での疑問:インピンジメントって結局何?

新人セラピストの皆さんが臨床でよく耳にする「肩峰下インピンジメント症候群」は、まさにこの狭い空間で問題が起こっている状態です。腕を挙げたり、特定の動作をしたりする際に、棘上筋腱や肩峰下滑液包が烏口肩峰アーチに挟み込まれてしまう(インピンジメントする)ことで、痛みや炎症が生じます。

肩峰の形状(骨棘の形成など)、烏口肩峰靭帯の肥厚、肩甲骨の運動パターンの異常(例:上方回旋の不足)、ローテーターカフの筋力低下による上腕骨頭の適切な求心位保持の破綻などが、このインピンジメントを引き起こす要因となります。棘上神経の機能不全により、棘上筋や棘下筋の筋力低下が生じると、肩甲骨の運動パターンに補償的な変化をもたらす可能性も示唆されています。腱板断裂患者では、健常者と比較して肩甲骨の上方回旋が大きいことが報告されており、これもインピンジメントの一因となる可能性があります。

このように、棘上筋腱が走行する「天井」である烏口肩峰アーチと、その間の滑液包の存在、そしてこの空間で発生するインピンジメントのメカニズムを理解することは、患者様の訴える痛みの部位や動作時痛から病態を推測する上で非常に重要です。

※正常肩でもインピンジメントは生じます。
問題は、インピンジメントの際に生じる剪断力の増加、接触圧の増加、周辺構造の炎症や微細損傷の有無などです。それによりインピンジメントの際に疼痛が出現したり、炎症の増悪、組織損傷の進行・悪化などにつながっていきます。

周囲の重要な「連結部」:関連構造物との関係性

棘上筋は、ローテーターカフとしてだけでなく、周囲の様々な構造物とも密接に関連しています。

烏口上腕靭帯(うこうじょうわんじんたい)は、烏口突起から上腕骨大結節・小結節に付着する靭帯です。この靭帯は、棘上筋腱と肩甲下筋腱の間にある「ローテーターカフ間隙(Rotator interval)」と呼ばれる領域の一部を構成しています。烏口上腕靭帯は、肩関節の前上方安定性に関与すると考えられています。ローテーターカフ間隙は比較的小さな領域ですが、烏口上腕靭帯の他に上関節上腕靭帯や、上腕二頭筋長頭腱の一部、そして神経や血管が走行しており 、この領域のタイトネスや損傷も肩の痛みに影響を与えることがあります。ローテーターカフ間隙を構成する組織は、厚さが7〜8mmであるという報告があります。

また、棘上筋の機能にとって非常に重要なのが、その神経支配である肩甲上神経(けんこうじょうしんけい)です。肩甲上神経は、腕神経叢の上神経幹から分岐し、第5頚神経(C5)と第6頚神経(C6)の成分から構成されることが多いですが、第4頚神経(C4)からの成分も認められることがあります。肩甲上神経は、後頚三角を走行し、僧帽筋や肩甲舌骨筋の下を通り、肩甲切痕(または肩甲上孔)をsuperior transverse scapular ligamentの下をくぐって通過し、棘上窩に入ります。

肩甲上神経は、棘上筋と棘下筋の両方を支配する運動神経であり、さらに肩甲上腕関節や肩鎖関節の関節包にも感覚枝を送っています。肩甲上神経の圧迫や損傷(神経麻痺)は、支配筋である棘上筋・棘下筋の筋力低下(特に外転や外旋)を引き起こすだけでなく、肩関節周囲の痛みの原因にもなります。肩関節の痛みの原因として、肩甲上神経の絞扼(特に肩甲切痕部)も考慮に入れる必要があります。肩甲上神経ブロックは、肩の痛みを緩和する目的で臨床的に行われることがあります。

臨床への応用:基礎知識がどう役立つか

棘上筋の起始・停止や周囲構造に関する正確な解剖学的知識は、臨床で患者様と向き合う際に強力な武器となります。

  • 評価への活用:
    • 患者様が「肩のこのあたりが痛いんです」と指差した部位が、棘上筋のフットプリントや烏口肩峰アーチの下あたりであれば、棘上筋腱の炎症や損傷、またはインピンジメントを疑うことができます。
    • 特定の動作(例:腕を上げる、特に腕を体より後ろに引く動作など)で痛みが増強する場合、その動作で棘上筋腱や周囲構造にどのようなストレスがかかっているかを解剖学的に推論できます。
    • 触診を行う際に、正確な起始・停止部や筋腹の位置を知っていることで、より的確に筋の緊張や圧痛を確認できます。棘上筋腱の厚さを超音波で評価することも、腱炎や腱損傷の診断に有用である可能性が示唆されています。
    • 徒手筋力検査(MMT)を行う際に、棘上筋の機能を知っていることで、弱化の有無や程度を評価できます。(ただし、MMTでの筋力評価には限界があるという指摘もあります。)
  • 治療への活用:
    • 筋の柔軟性や伸張性の低下が問題となっている場合、解剖学的知識に基づいた適切なストレッチポジションを選択できます。
    • 腱板断裂がある場合、断裂部の解剖学的な位置や大きさを考慮し、残存機能や周囲筋の代償を促す運動療法を選択します。腱板断裂により筋線維長が短縮したり、羽状角が増加したりといった構造的な変化が生じうることを理解していると、リハビリテーションの難易度や限界を予測するのに役立ちます。短縮した筋の伸張性を改善することは、腱板修復術後の予後にも影響を与える可能性があります。
    • 烏口肩峰アーチ下でのインピンジメントが疑われる場合は、肩甲骨の運動パターンを修正したり、ローテーターカフの機能を改善して上腕骨頭の求心位を保つための運動療法が必要になります。

今日の解剖学的な知識は、明日からの臨床での評価や治療の視点を広げ、患者様への説明にも説得力を持たせてくれるはずです。

2日目のまとめ

本日は、棘上筋の起始・停止(フットプリント)の正確な位置や寸法、そしてその「天井」となる烏口肩峰アーチと肩峰下滑液包、さらに周囲の重要な連結部である烏口上腕靭帯や肩甲上神経との関係性を学びました。これらの基礎知識は、肩の痛みのメカニズムを理解し、臨床での評価や治療方針を立てる上で非常に重要です。

明日、3日目は「棘上筋の機能評価」についてです。今日学んだ解剖学的な知識を元に、臨床で棘上筋の機能をどのように評価すれば良いのかを具体的に解説していきます。今日の内容をしっかりと復習して、明日に備えましょう!


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